最高裁判所第二小法廷 昭和46年(オ)411号 判決 1974年4月26日
破産者安来広一破産管財人
上告人
吉永多賀誠
被上告人
榊原八千代
外三名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
一上告人の上告理由第一点について。
被相続人の債務につき債権者より相続人に対し給付の訴が提起され、右訴訟において該債務の存在とともに相続人の限定承認の事実も認められたときは、裁判所は、債務名義上相続人の限定責任を明らかにするため、判決主文において、相続人に対し相続財産の限度で右債務の支払を命ずべきである。
ところで、右のように相続財産の限度で支払を命じた、いわゆる留保付判決が確定した後において、債権者が、右訴訟の第二審口頭弁論終結時以前に存在した限定承認と相容れない事実(たとえば民法九二一条の法定単純承認の事実)を主張して、右債権につき無留保の判決を得るため新たに訴を提起することは許されないものと解すべきである。けだし、前訴の訴訟物は、直接には、給付請求権即ち債権(相続債務)の存在及びその範囲であるが、限定承認の存在及び効力も、これに準ずるものとして審理判断されるのみならず、限定承認が認められたときは前述のように主文においてそのことが明示されるのであるから、限定承認の存在及び効力についての前訴の判断に関しては、既判力に準ずる効力があると考えるべきであるし、また民訴法五四五条二項によると、確定判決に対する請求異議の訴は、異議を主張することを要する口頭弁論の終結後に生じた原因に基づいてのみ提起することができるとされているが、その法意は、権利関係の安定、訴訟経済及び訴訟上の信義則等の観点から、判決の基礎となる口頭弁論において主張することのできた事由に基づいて判決の効力をその確定後に左右することは許されないとするにあると解すべきであり、右趣旨に照らすと、債権者が前訴において主張することのできた前述のごとき事実を主張して、前訴の確定判決が認めた限定承認の存在及び効力を争うことも同様に許されないものと考えられるからである。
そして、右のことは、債権者の給付請求に対し相続人から限定承認の主張が提出され、これが認められて留保付判決がされた場合であると、債権者がみずから留保付で請求をし留保付判決がされた場合であるとによつて異なるところはないと解すべきである。
これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによると、本訴請求中「被上告人榊原八千代に対し金一五九万五〇〇〇円及び内金二二万三〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による遅延損害金、被上告人榊原達郎、同剛に対し各金一〇六万三三三三円三三銭及び内金一四万八六六六円六六銭に対する前同日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による遅延損害金」の支払を求める部分については、先に本件上告人を原告とし亡榊原義郎の相続財産管理人榊原八千代を被告とする前訴(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第五八六七号、東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第一〇八九号、最高裁判所昭和三九年(オ)第八八〇号、第八八一号)において、「相続財産の限度で……支払え」との給付判決が確定しており、榊原義郎の相続財産管理人に対する右判決の効力が相続分に応じ義郎の相続人である右被上告人らに及ぶことは明らかである。そして、上告人が本訴で主張する法定単純承認の事由は、前訴の第二審口頭弁論終結時以前に存在していた事実であるというのであるから、上告人の右主張は前訴の確定判決に牴触し、またこれに遮断されて許されず、本訴請求中前記部分は不適法として却下を免れないといわなければならない。
以上のとおりであるから、これと結論を同じくする原判決は正当として是認し得るのであつて、論旨は採用することができない。
二同第二点について。
訴訟記録に照らすと、本件控訴状には被控訴人として第一審被告山田義恵の氏名、住所の記載はなく、控訴の趣旨にも山田義恵に対する請求は記載されておらず、その他記録上控訴期間経過以前において上告人が山田義恵に対しても控訴を提起する趣旨であることを窺わせるに足りるものは一切なかつたのであるから、原審が、山田義恵に対する関係においては、適法な控訴がないまま第一審判決が確定したものとし、控訴期間経過後にされた上告人の「控訴状補正申立」を容れなかつたのは正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
三同第三点について。
被告に対し金銭給付を求める原告の請求を一部棄却した第一審判決に対し、原告(控訴人)が右敗訴部分の取消しを求めて控訴を申し立てたが、控訴の趣旨として、右取消しのうえ被告(被控訴人)に対して右棄却された金額全額ではなく、単にその一部の支払を請求するにすぎないときは、第一審判決の請求棄却部分のうち、原告(控訴人)において右支払を求めなかつた部分については、原告(控訴人)の控訴はなく確定したものと解すべきである。
これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実によると、前掲前訴の第一審において、原告(本件上告人)は被告である前記榊原八千代に対し「金四〇〇万円とこれに対する昭和三〇年三月二五日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による損害金」の支払を求めたところ、第一審は「被告は原告に対し、相続財産の限度で金六六万九〇〇〇円とこれに対する昭和三〇年三月二五日以降支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。原告のその余の請求は棄却する。」との判決をし、原告は右敗訴部分の取消しを求めて控訴したが控訴の趣旨において、原告(控訴人)は被告(被控訴人)に対し第一審判決で棄却された金三三三万一〇〇〇円及びこれに対する前述のごとき損害金のうち、金三三三万一〇〇〇円のみについて支払を求め、損害金についての支払は求めなかつたというのであるから、第一審判決中右損害金を棄却した部分については、原告より控訴はなく、第一審判決が確定したというべきである。
そうすると、これと同旨の原審の判断は正当として是認すべきであり、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(岡原昌男 小川信雄 大塚喜一郎 吉田豊)
上告人の上告理由
第一点 原審判決の引用する第一審判決は次のように判示した。
前訴は義郎の相続財産管理人を被告とするものであるが、これに対する前訴の判決は、義郎の相続人たる本訴の被告らに対しその効力を有するものであるから、本訴請求中、償還金四、七八五、〇〇〇円および内金六六九、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日以降の年五分の遅延損害金を被告らの相続分に応じて支払を求める部分(すなわち、被告八千代に対する償還金一、五九五、〇〇〇円および内金二二三、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の請求、その他の被告らに対する各償還金一、〇六三、三三円三三銭および内金一四八、六六六円六六銭に対する前同日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の各請求)については、前訴における確定の給付判決が存在し、したがつて特別の必要がないかぎり、再訴の利益がないものといわなければならない。
この点に関し、原告は、前訴の判決はいずれも被告らの限定承認が有効であることを前提とするものであるが、被告らは民法第九二一条第三号の事由により単純承認をしたものとみなされるものであるから、相続財産の限度にかかわらず前記償還金の支払義務を負うべきであり、原告は被告らに対し相続財産の限度にかかわらず右の支払をすべきことを訴求する利益がある旨主張する。
しかし原告主張の償還金等の請求については、前訴で「相続財産の限度で支払え。」という責任限定の判決がされ、右請求権はかかる制限の付着したものとして訴訟上確定したのであるから、原告が本訴で前訴第二審口頭弁論終結時(成立に争いのない甲第二号証によると、右終結時は昭和三九年一月一八日であることが明らかである。)までに存在したはずの限定承認無効を主張してもこれを審理して前訴判決と異る判断をすることは、前訴判決の既判力により許されないところである。したがつて、原告の右主張は採用しがたい。
してみると、本訴請求中、上記の確定判決の存する部分(上記カッコ内の部分)は、訴の利益を欠くから、不適法として却下すべきである。
(一) 民事訴訟法第一九九条第一項に依れば確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有するのであつて、判決主文に包含せられない事項については既判力を有しない。前訴における上告人の請求は「相続財産の限度で支払え」というのであり、前訴の判決も亦「相続財産の限度で支払え」という一部請求に対する一部判決であるから前訴の既判力は「相続財産の限度で支払え」という部分についてのみ生じ、相続財産の限度外のもの即ち残額については訴もなく、判決もなく、前訴の既判力は本訴に及ばない。(昭和二八年(オ)第四五七号同三〇年一二月一日第一小法廷判決、民集第九巻一九〇三頁、昭和三五年(オ)第三五九号同三七年八月一〇日第二小法廷判決、民集第一六巻一七二〇頁参照)
(二) 前訴においては限定承認の無効即ち法定単純承認は争いになつておらず、従つて審理判断を受けていない。前訴においては被上告人らが限定承認申述が家庭裁判所で受理せられた旨の証明書を裁判所に提出し、上告人が相続財産の限度において支払えと請求を減縮し裁判所は判決の主文において上告人の請求どおり相続財産の限度において支払えと当然の留保を附したものである。(昭和六年(オ)第一六九一号同七年六月二日第一民事部判決、民集第一一巻一〇九九頁参照)
かくの如く前訴においては上告人において限定承認無効、法定単純承認の効力発生は主張しておらず、従つて訴訟物たる権利関係となつていない。前訴の主文に包含される訴訟物となつていない法律関係につき、その既判力が及ぶわけがない。(昭和一一年(オ)第二四一五号同一二年四月七日第四民事部判決、民集第一六巻三九八頁、昭一二年(オ)第二一九号同年七月一〇日第四民事部判決、民集第一六巻一一七七頁、前出昭和二八年(オ)第四五七号参照)
訴訟物の権利又は法律関係の存否につき判断するために、裁判所がその前提である先決的な権利又は法律関係の存否を判決理由中において明かにしたとしても、その点については既判力を生ずることはない。被告主張の抗弁、原告主張の再抗弁、被告主張の再々抗弁など攻撃防禦の方法についての裁判所の判断は相殺の抗弁を除いては既判力を生じないのである。殊に前訴は限定承認の申述については前記の通り当事者間に争いもなく裁判所も判断をしていないのである。後訴において前訴の抗弁たる同一事実、契約内容を主張しても裁判所はこれにつき前訴と異る判断をなしうるのである。
(三) 前訴の第二審口頭弁論終結時までに存在したはずの限定承認無効、法定単純承認の効力発生を前訴の口頭弁論終結時までに上告人が主張しなかつたことによりこれを本訴において主張することが前訴の既判力により妨げられるものではない。相続の承認、法定単純承認、限定承認、抛棄は関係人の利害に関すること最も大であり、その効果は一般第三者に対して画一的に認めらるべき絶対性を有するもので、その効果を争う者が個別的に行動するや否やにより個々の相手方に対しその法律効果が異るべきものではなく、総ての利害関係人に対し同時に同様に生ずるものであつて、この問題につき和解や認諾はあり得ないという。(昭和二七年(オ)第七四三号同三〇年九月三〇日第二小法廷判決、民集第九巻一四九一頁)されば限定承認の効果は前訴のある上告人に対する相対関係においては有効であり、前訴なき他の利害関係人に対する関係では限定承認無効、法定単純承認となるというが如き関係のものではない。上告人が前訴の口頭弁論終結時までに法定単純承認の主張をしなかつたからといつて、本訴でこれを主張することを妨げる事由とはならない。
(四) 上告人は前訴においてその請求債権につき相続財産の限度において支払うべき旨の執行名義を取得したが、被上告人らは相続の法定単純承認をしたので相続財産の限度を超える部分即ち相続財産の限度にかかわらない部分につき執行名義を取得するために本訴を提起したもので、前訴の既判力は本訴には及ばない。<以下省略>